ヨナオシクス

まったり三十代フリーライター(ワープア)が様々なことを調べています。主なソースはWikipediaとYoutubeです。

ボーリング・フォー・コロンバインのマリリン・マンソンと素面。

前回、Jesus Camp(ジーザスキャンプ)という日本未公開の映画についての感想を書いた。

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すると、昔話題になった「Bowling For Columbine(ボーリングフォーコロンバイン)」という映画のことを思い出した。

 

アメリカの高校で起こった銃乱射事件を取り上げた、2002年公開のマイケルムーア監督が手がけたドキュメンタリー映画で、公開当時日本でも話題になっていた。

 

アメリカの銃社会とそれを支持する層の実態にフォーカスしたもので、恣意的な編集もところどころに散見されるがアメリカの異常な一面を上手に切り取ったいい映画だったと思う。

 

個人的にこの映画で一番記憶に残っている場面がミュージシャンの「マリリン・マンソン」がインタビューに答えているシーンだった。

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事件当時、マリリン・マンソンは悪魔的な衣装や、「アンチクライストスーパースター」といった彼の楽曲が持つ反キリスト的なイメージによって、アメリカ世論から叩かれていたようだった。

 

インタビューは数分と短かったが、それまで彼に抱いていた「やばくて変な人」というイメージを覆す冷静で理知的なものだった。

 

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途中白人男性が「マリリン・マンソンのライブに行く全ての人間が暴力的な行動に出るかといえばしないだろう。そして、レクサスのCMを見た全ての人間がレクサスを買うかといえば買わないだろう。しかし、少数の人間は買うよね」と事件に関してマリリン・マンソンを非難するスピーチをしている。

 

マリリン・マンソンは 「乱射事件当日にアメリカがコソボを大規模爆撃をしたのに誰も大統領が悪いとは言わないのはなぜか?」自身の活動内容から恐怖の象徴として叩かれやすいからで、大統領へ矛先が向く報道をメディアが行わないからだとも言及している。

 

洪水、エイズ、殺人等の凄惨なニュースが報道され、CMに切り替わると「コルゲート(歯磨き粉)を使わないと息が臭くて人が話してくれない」「にきびがあると女の子はヤラせてくれない」と恐怖によって人々に購買を促すキャンペーンが繰り広げられている。

 

問題の本質は「エンターテインメントの暴力性」と「銃規制」にあるがそれらは副次的な情報によって煙にまかれてしまうと彼は言う。

 

最後にコロンバインの人々に対してできる事があれば何をするのかという質問に対して、「彼らの話に耳を傾けるだろう。そして、それが誰もしなかったことだ」と答えてインタビューは終わる。

 

異形で恐怖の象徴であるとされる人物のコメントが比較的一番「素面」で、キラキラとした中に恐怖を織り交ぜるキャンペーン手法によって「酔っ払う」人々とのコントラストがなんともいえなかった。

 

マリリン・マンソンとはどんな人物なのか。元々はカトリックの学校に通っていたそうだが、その空気に合わなかったという。また、ジャーナリストとして活動していた時期もあるそうだ。中立的な視点はその当時に養われたのだろうか。

 

「Disposable Teens」という曲の中で「自分は本当の神を嫌ったことはないが、人の作った神は嫌いだ」という歌詞があるが、いいことを言うなと思う。

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とはいえ、彼がまともなのかといえばそれはまた別の話だろう。

 

この話をするといつも鳥山明が書いていた「Go Go Ackman」という漫画を思い出す。人をアヤメようとする悪魔よりも、それを止めようとする天使の方がたくさんの犠牲者を出すというものだった。久しぶりに読みたくなってくる。

 

この映画が公開された当時、インターネットはまだまだそこまで一般に普及してはいなかった。当時はテレビが主な情報源だったが、今では個人や企業が情報を発信できる時代になったので誰しもが簡単に天使にも悪魔にもなれる分、もっと事態が複雑になったのかもしれない。

 

善悪という「二元論」で物事を語ること自体がそもそもの問題で、どんな人間であれ個々の人間の中には天使と悪魔が共存している事実を容認できれば、少しはマシな世の中になるかもしれないな。

 

マソソソ・マソソソ