ヨナオシクス

まったり三十代フリーライター(ワープア)が様々なことを調べています。主なソースはWikipediaとYoutubeです。

プロメテウスの火とパンドラの箱と人間の心

最近はよくテクノロジーについて調べているが、神話になぞらえて読むとロマンがあるなと思う。

 

例えば、人間の手に負えないテクノロジーの話になると「プロメテウスの火」と「パンドラの箱」がよく引き合いに出される。これらはギリシア神話に収録されていて、2つの話は続き物でもある。

 

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一連の話がどうつながるかを簡単に要約すると、

 

ギリシア神の一人であるプロメテウスは、最高神であるゼウスに止められていたものの良かれと思って人類に火を与えてしまう。しかし、人類はその火を使って武器を作り戦争を始めてしまう。それに怒ったゼウスはプロメテウスを罰すると同時に、人類に災いをもたらすために「女性」を作り出すよう命ずる。

 

そして、神の力によって泥から女性をかたどって生まれた「パンドラ」は、神々から様々な能力を与えられたが、一つだけ決して開けてはいけない箱を持たされる。しかし、お約束どおりパンドラは箱を開けてしまい、あらゆる厄災が外の世界に飛び出してしまう。

 

唯一の救いはパンドラがすぐに箱の蓋を閉じたため、「希望」だけは箱の中に残されたという意味深な終わり方をする。

 

開けてはいけない箱を開ける「行為」。

 

「行為」に対する戒めとして引用される話だが、「行為」が起きる背景には必ず理由がある。

 

その行為は何から引き起こされるかといえば「人間の心」からであり、その人間の心の仕組みを説明したものが「パンドラの箱」ではないだろうか。

 

パンドラの箱は「内側」と「外側」に要素を持っている。

内側には「希望」、外側には「厄災」。

 

多くの人々は自分の外側に「希望」を見つけようとする、それは新しいテクノロジーであったり、流行であったり、儲け話であったりと。しかし、もしパンドラの箱が人間の心の仕組みを説明したものだとすれば、希望だと思いこんでいたそれらのものは希望の皮を被った厄災だったことになる。

 

 

なぜ、砂漠の宗教が偶像崇拝を禁止していたか。そのヒントはここにあるのではないだろうか。本当の希望、すなわち神と呼ばれるものは自分の心の中にいるものであって、外側にはいないと言っていただけな気がする。

 

ちなみに偶像を英語に訳すと「アイドル」になるらしい。アイドルを追い求めたり、さらにはアイドルになることが奨励される流れは、心の中に多くの「厄災」を招き入れるのだろうか。

 

外へ意識が向きやすい世の中では、箱の内側にある希望は失われやすいのかもしれないなあ。

偶像崇拝―その禁止のメカニズム (叢書・ウニベルシタス 858)

偶像崇拝―その禁止のメカニズム (叢書・ウニベルシタス 858)