ヨナオシクス

まったり三十代フリーライター(ワープア)の活動日記です。お金と愛が不足しています。

暑さと老い

連日の暑さが思考力と気力を奪っていく。

8月になれば少しはマシになるのだろうか。

 

今年は異常な暑さだが、ここ数年間夏場は毎年異常な暑さを繰り返していたと思う。年々暑さに対する耐性が弱まっている気がするのだが、これは年々気温が高くなっているからなのか、自分が年々老いていっているからなのか。

 

老いたといってもまだ30代後半であるし、若者とまではいかないものの全然余裕があると思っていた。しかし、明らかに精神面、肉体面を含めて若者ではなくなったと感じるようになっていた。

 

肉体面については明らかに疲労が取れずらくなっていて、関節が痛い。

 

精神面においては新しい対象への渇望が薄れている。全てが焼き直しのように見えてしまう。デジャヴとでもいうのだろうか。あまりにも外への関心がなくなりすぎて、これはこれで問題があるような気もする。

 

他にも他人への関心が薄れている。20代と30代前半は外の世界へ知覚のパラメーターを全振りした反動なのか、今は自分の内側に関心が向いている。特に自身の依存症の原因を追求する中で「内観」の重要性に気がついたあたりからフェーズが変わる。まるで、幸せの青い鳥のような話だとも思う。

 

また、「かっこいい中年像」のようなものも考えていた。昔思い描いていたかっこいい中年といったら、口数が少なく、孤独に強く、哀愁が漂うといったものであったと思う。その条件だけに絞ったら当てはまるものの、実際はかっこいいとはほど遠い。あとは何が足りないのだろう。

 

そして、だんだんと昔の年配の上司が見えていたものが見えるようになってきたような気もする。若いうちは「このおじさん達は何故生きているのだろう」といった目で見ていたが、いざ自分が年齢を重ねていくと彼らの言葉の一つ一つの意味を読解できるようになっていた。別の言葉で言い換えると彼らの発していた「あー」の意味が分かるというか。

 

おじいさんやおばあさんと話をしていて思うことも、彼らは伊達に長生きをしていないということだ。一見弱々しく見えるがよく物事を見ていて、対面すると全てを見透かされているような気分になる。彼らは物事を理解していながら沈黙を貫いているのだ。

 

外がこんなに暑い中外で働いている老齢の方を見ると頭が下がる。そして、自分の感じている老いはただの甘えのようなものなのだなとも思う。

 

とりあえず老いは進むしどうにもならないので、淡々と日々生きていこう。

そして暑い。