ヨナオシクス

まったり三十代フリーライター(ワープア)が様々なことを調べています。主なソースはWikipediaとYoutubeです。

Anarchyというラッパーと資本主義社会の教科書

ラップはあまり聴かない方だった。

 

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90年代に多感な時期を過ごし、ラップがテレビの音楽番組で流れているのをよく耳にした。

 

「だよねー」

「ちぇけらっちょ」

「おれは東京生まれ」

 

など、ラップ特有の韻がダジャレに感じられ、どちらかといえばトラックのメロディーに意識が向いていたと思う。そして、それは音楽に対する自分の向き合い方の現れでもあったのかもしれない。

 

30代になると今までのメロディーやリズム偏重の聴き方から、歌詞に対して興味を抱くようになった。すると、今までダジャレに聴こえていたラップを違う角度から捉えるようになる。

 

そんな折、数年前たまたまYoutube「Anarchy」というラッパーを知る。そして、なぜかそれが心を捉えて離さない。

 

京都にある向島団地と呼ばれる治安の悪い場所で生を受けた彼は、家庭環境やその人生の歩みが同じ日本に住んでいるとは思えないほど独特だった。

 

両親は幼少期に離婚し、父親はロックンロールな人間で、思いつきで入れ墨の彫師になるなど破天荒なエピソードに事欠かない人物だ。

 

Anarchy自身も暴走族として暴れまわり、日本で三例目となる決闘罪で逮捕され少年院に習慣される。そこで、ラッパーのZeebraに感化されラッパーとしてのキャリアをスタートさせる。

 

初めて見たAnarchyのMVは「Fate」という曲だった。

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映像越しに見るその姿は明らかに悪そうで、風体と雰囲気は自分が思い描いていた「ラッパー」そのものだった。ラップといえば、アメリカの貧困層が成り上がりの手段として用いる音楽というイメージがあったからかもしれない。

 

ただ、その見た目のイメージよりも彼の言葉で現実を切り取る能力に魅入られた。特に「悪魔に操られた街に生きる人間の目」の描写がとても生々しい。そして、そのような絶望の街で生きる人間が何に重きを置いているかについてのヒントも示されている。

 

 

「Playing In The Ghetto」という曲も素敵だ。

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この頃のAnarchyのトラックを作っていたのは「MURO」というヒップホップ業界では有名な人だったが、その叙情的なメロディーに悲哀に満ちた歌詞が程よく混じり合う様が聴いていてなんともいえない気分にさせる。

 

この曲のタイトルにある「Ghetto」はスラムといった意味がある。そのスラムに住む住人が「何のために金を稼ぐか」その理由について曲中で触れており、それが核心をついていたと思う。

 

そして、彼はそこそこ売れるようになりラッパーとして有名人の仲間入りをする。売れた人間はいつまでも悲哀に満ちた歌を歌う訳にはいかず、彼の作風も変わっていく。

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どんなジャンルでもそうだが、売れた人間は方向性の変更が余儀なくされるので今までのファンから叩かれる。

 

それについて、現実を言葉で切り取る能力を持つ彼はどう思っているのだろうか?

 

Anarchyはデビューして間もない頃に自伝を出している。ラッパーは自伝を出すのが好きらしい。そして、それも読んだ。イメージに反して純粋な少年のような人間だと思った。なぜあの環境でこんな純粋な人間が育つのだろう。

 

また、自伝には自身の将来のビジョンについても語られていた。「売れたらきっとこうなるし、それも含めてやっている」ような事が書いてあった。

 

一見無軌道に見えるが、そこには彼なりのきちんとした将来に対しての計画があるのだろう。

 

今回、Anarchyというラッパーについて取り上げたのは「資本主義社会に生きるための教科書」を実は多くの人が持っていないのではないかという疑問が湧いたからだ。

 

義務教育を含めて10年近く「学校」というもので学習するが、そこで学ぶものは「資本主義社会で生きるためのテクニック」であり、「資本主義社会とはどういうもので、どうあればいいのか」については全く教わらない。

 

なぜなら、多くの学校で教鞭をとる教員はそれを経験する前に教員になってしまうからだ。

 

Anarchyの世界観はどこか自分とかけ離れたスラムの話ではなく、資本主義社会そのものだと思う。

 

Anarchyという人物は資本主義社会という「Ghetto」とそこでの生き方を言葉にすることで自分の居場所を確立した「資本主義の権化」のような存在なのではないだろうか。

 

最近もネット上のいざこざで殺人が起きた痛ましいニュースを耳にしたが、加害者も自分の居場所をナイフではなく、言葉で作ることができれば違った結果になっていたのかな。。

痛みの作文 (ちくま文庫)

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