ヨナオシクス

まったり三十代フリーライター(ワープア)の活動日記です。お金と愛が不足しています。

お金がない人間がいくらあったら満足するのかを考えた

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おっかねー(お金がない)。

 

 

 

お金がありません。

 

 

 

口癖のように言っている言葉だが、勤め人をして毎月安定した給料をもらっていたときも口にしていた気がする。

 

当時、製造業界はリーマンショック前の刹那的な円安好景気に湧いていて、ボーナスをたくさんもらった。それでも「お金がない」と言っていた。

 

半分ジョークのようなニュアンスも含まれていたが、今は現実として口座の残高が限りなく0に近い。リアルに「お金がない」のである。

 

逆に未だかつて「お金がある」と言ったことがないことに気がついた。

 

一番持っていたときに、口座に数百万あったときも「足りない」と言っていた。

当時は億単位のお金がなければお金を持っていると思えなかったのだと思う。

テレビで連日のようにホリエモンのような若手IT億万長者の姿を目にしていたからだろうか。

 

改めて今考える。

仮に億単位のお金を手に入れたら何に使いたいのだろう。

 

例えば宝くじのBIGでキャリーオーバー中の6億円が当たったとしよう。その時に何に使いたいかを自問してみた。

 

すると、ラッパーのようにオープンカーに乗ってビーチで水着ギャルに囲まれているパリピなイメージが頭に浮かぶ。

 

しかし、現実は3時間もしたらテンションについていけず「一人にしてください」と姿を消してしまいそうだ。

 

つまり、仮に有り余る大金を手に入れたとしても、それを何に使うかといった具体的なイメージが頭の中にそもそもなかったのである。

 

つまり、自分が使っていた「お金がない」の裏側には「お金を使って何かがしたい」というポジティブな意味よりも、「不安を解消したい」というネガティブな側面が強かったということだ。

 

一体何にそんな不安を感じていたのだろうか。

思いつくものを挙げてみた。

 

  • 老後資金
  • 親の介護、葬式費用
  • 結婚資金
  • 子供の養育費と学費
  • 家購入資金
  • 車購入資金
  • 健康と医療費

 

ずらずらと並べていくと「存在しないものに不安を感じていた」ことに気がついた。

別の言い方をするならばポジティブ、ネガティブ内容問わず「可能性」に恐怖していたのだ。

 

変な話、色んなものを手放してお金が無い今の方が体感的な不安の総量は減った気がする。諦めが多くの可能性を自分の中から消したことが功を奏したからかもしれない。

 

「杞憂」とは杞という男が空が落ちてくるとありもしないことを気にしている様からできた言葉だそうだが、まさに自分はこの状態だったようだ。

 

今は価値観と生活を見直してストレスなく最低限満たされるであろう生活費を計算したところ月20万円必要という答えに至った。

 

つまり、大卒の初任給は理にかなっていて、実は既に必要な金額をはるか昔に手に入れていたのだ。

 

ふりだしにもどる。

 

 

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