ヨナオシクス

まったり三十代フリーライター(ワープア)の活動日記です。お金と愛が不足しています。

怪奇!自己紹介ゾンビ症候群の話

今週のお題「自己紹介」

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今週のお題というものに投稿してみた。

 

いつの頃からだろうか、自己紹介と聞くと就活を連想するようになってしまった。

本来はもっとフランクなものだったはずだが今となっては言葉を聞くだけで堅苦しい気分になる。

 

そういえば、昔就活をしていたときに自己紹介と自己PRの違いについてとても戸惑った記憶がある。

 

自己紹介と自己PRでなぜ同じことを2度話すのだろう?」と純真な子供のような視点で就職市場を眺めていた。

 

しかし、よくよく調べてみると自己紹介は自分の経歴について触れることで、自己PRは会社に入ったらどうしたいかという「意気込み」を意味していたようだった。

 

なぜ単なる「意気込み」を横文字をつけて分かりづらく言い直すのだろうか。

横文字を多用する人間は疚しいことを内に抱えている人間だと思うようになったのは、この頃からだった気がする。

 

で、新卒で社会のことをほとんど知らない人間が自己PRで考えつくことなんていうのは「潤滑油」「ものづくりが好き」くらいしかない。

 

特技がある人間なら「英語が使える」「プログラミングができる」「会計の資格を持っている」といった裏付けがあるのでまだ説得力があるだろうが、その他の人間はそこまで目的意識を持って大学生活を送っているとは限らない。

 

さらに、必ずしもその企業の業務内容や製品が魅力的だからそこの面接を受けている人ばかりでもないだろう。

 

なんとなくたくさんエントリーシートを送って引っかかった場合、「なんでウチを受けたの?」と言われたら「自分が成長できる場だと思ったからです」と自動応答になってしまうのは仕方がないような気がする。

 

まあ、それよりもそういったことをずっと続けていたからなのか、プライベートの場でも自己紹介をするときに考えすぎるようになってしまった。

 

初めまして私の名前は〇〇です。よろしくね」くらいでいいはずのところを、「私は〇〇です。今までこんなことをしてこんな人間です」とまで説明するようになってしまった。

 

相手に自分を印象づける点ではよかったのだろうが、段々煩わしくなってきてしまった。かといってその習慣に慣れてしまっていたので、説明を省くとそっけない人間と思われてしまうのではないかと次第に脅迫的に自己紹介をするようになっていた。

 

さらに、自己紹介マウンティングという自己紹介の優劣を競う負のスパイラルに巻き込まれ、実力以上に背伸びをする生き方になっていた。ある日、それに気がついた時には心身ともにボロボロだった。

 

もういやだ、自己紹介はしたくない!」と心の声を聞いたとき自分は人に自己紹介をすることをやめた。そして、自己紹介をしないように人と関わることを極力避けた。

 

紆余曲折あったが今はなんとか人と簡単な挨拶を交わすまでに回復するに至った。

 

当時を振り返り「怪奇!自己紹介ゾンビ症候群」とこの現象を命名した。今でも再発に怯えながら暮らしている。

 

おしまい