ヨナオシクス

まったり三十代フリーライター(ワープア)が様々なことを調べています。主なソースはWikipediaとYoutubeです。

桃源郷の人々と自由の選択

昔大学生の頃に読んだ漫画で「桃源郷の人々」というものがあった。

 

作者はナニワ金融道で有名な青木雄二氏で、河川敷に住んでいるホームレスの人間模様を独特のタッチで描いたものだった。

 

河川敷に住む人々は様々な理由で河川敷での生活に身を投じるのだが、うろ覚えであまり覚えていないもののそのほとんどがお金によるものだったと思う。

 

世間一般ではホームレスの生活は進んでやりたものではないはずであるが、「桃源郷」という矛盾したタイトルをつけられたことには一つの理由があった。

 

それは、作中朝方スーツ姿で規則正しく通勤するサラリーマンを河川敷から眺めていた河川敷の住人の一人が、その世界を揶揄してつぶやいた言葉と大きく関係している。

 

「確かに生活は保証されているかもしれないが、自由が失われた世界と比べると縛られることのない自分達のいる世界こそが桃源郷なのではないか」といったものだった。

 

そのセリフには虚をつかれた思いがして今でも頭の中に残っている。

 

たまにホームレスの人の中には行政の保護を拒否して自分の意思でホームレスを続けている人がいると聞いたことがあるが、今まであまりその理由について深く考えたことはなかった。

 

世の中には見聞きするだけではなくその立場になってみないと分からないことが山ほどあるが、自身の意思でホームレスの生活を続けることを選んだ人はそこに傍から見ている人間には分からない何かを見出したのではないだろうか。

 

僕自身フリーターを続けていると通勤ラッシュの時間帯に電車に乗り合わせることがあり、そのときに桃源郷の人々と同じ気分になるときがある。

 

昔自分が違和感なく受け入れていたものが、まったく別世界のことに見えるようになってしまった。経済的不自由さの苦しさと心の不自由さの苦しさを天秤にかけることを憶えてしまったからだろう。

 

つまり、恐れ多くもいつの間にか自分も桃源郷の人々の一員に片足を踏み入れてたのだ。

 

今回改めて桃源郷の意味を調べみたところ、それはユートピアではなく、目的をもって到達できる場所でもなく、魂の中に既に存在する場所であるということだった。

 

実は生まれながらにして住んでいた理想郷を、知らず知らずのうちに自分の意思で離れていたのかもしれない。

 

桃源郷の人々 : 1 (アクションコミックス)

桃源郷の人々 : 1 (アクションコミックス)

 
桃源郷の人々 : 2 (アクションコミックス)

桃源郷の人々 : 2 (アクションコミックス)