ヨナオシクス

まったり三十代フリーライター(ワープア)が色々なことを調べています。主なソースはWikipediaです。

30代になって娑婆の意味が身に染みる

一度開設したブログを何回か書いて放置していたことに気がつく。

 

特に書きたいこともなかったので放置していたが、改めて自分の記録のような意味もこめて一度全て消してしっかりと書き直そうと思った。

 

自分は30代も半ばを迎えたフリーターであり、このくらいの年齢になると色々と考えることもある。行き詰まっているようでもあるが、内面的には自由になったような感さえある。

 

この、20代や30代前半にはなかった不思議な感覚の正体を探ってみよう。

 

20代は大学を卒業して正社員としてそこそこ大きいメーカーで働いた。学生時代のモラトリアムが終わった絶望感と、未知なる世界への憧れが、最終的に絶望へと回帰していく過程を経験する。

 

転職もする。環境が変わった先で目の当たりにしたのは、以前と同じような風景だった。楽しくもあったがどこか不毛でもあった。

 

結果的にその仕事も辞め、実家暮らしでバイトを続けながらフラフラとする。またモラトリアムが始まるのである。

 

闇金ウシジマ君という漫画があるが、「フリーター君」の気持ちも「サラリーマン君」の気持ちも両方理解できる。

 

「娑婆(シャバ)」という言葉についてこんな話がある。

 

「江戸時代の遊郭に遊びに行く男は、そこを現世からの苦しみから逃れられる楽園だと思い通うが、当の遊女からすると男がいる外の世界こそが楽園に見える」

 

娑婆には本来「苦しみに満ちた耐え忍ぶべき世界」という意味があり、世間で認知されている「自由な外の世界」は後づけのものらしい。

 

赤ん坊がオギャーと泣いて生まれてくるのは「また地獄に生まれてきちまったぜ、チキショー」という意味があるからだと聞いたことがあるが、それは正しいのかもしれない。

 

この地獄の証明のような逸話が30代になった我が身に染みる。しかし、この地獄の証明から脱出できる方法が一つある。ただ、それは考えようによってはとても残酷で、なかなか受け入れ難いものでもある。

 

今日の娑婆の空気はよもぎ餅の味がする。

 

 

河童・或阿呆の一生 (新潮文庫)

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